蔵元紹介

頚城酒造の歴史

弊社は現法人としての創業は1936年(昭和11年)となりますが、歴史を遡ると、祖先は1697年より酒造業を創めたと伝えられております。

現在の新潟県上越市吉川区東田中で1596年(慶長元年)、初代八木吉左衞門が分家をしたのが八木家の始まりとされ、1697年(元禄10年)5代八木善六朗が酒造りを開始したのが、頚城酒造の酒造りの始まりと伝えられております。1724年(享保9年)にはおよそ150石を醸造したという記録が残っておりますが、それ以後大幅に酒造業を拡張することはなかったようです。

その後、酒造りの休止や再開などの歴史を経て、近代では八木酒造として「冬の花」を醸造、そして1936年に現在の所在地にあった小松酒造との縁戚関係により合併をし、頚城酒造としてスタート致しました。

尚、小松酒造は「御膳水」という銘柄でありましたが、これは1878年(明治11年)に明治天皇御巡幸の際に、小松家内の井戸水が御膳水として用いられた事に由来しており、この地の水の良さを伝えるエピソードの一つとして伝えられております。

頚城酒造の歴史1 頚城酒造の歴史2

沿革(八木家文献等による)

1697年 5代 八木善六朗が十石二斗を醸造(清酒醸造の創まり)
1900年 13代 八木和一が清酒「冬の花」を醸造
1936年 「御膳水」(柿崎・小松酒造)との新たな縁戚関係により、八木酒造・小松酒造が合併。頚城酒造を設立。清酒「久比岐」を醸造。
1972年 新蔵増設
1983年 清酒「越路乃紅梅」を醸造
1995年 瓶詰め工場を新設
1999年 清酒「越後杜氏の里」を株式会社イズミックと共同製造
2010年 新潟県酒造従業員組合主催 自醸酒鑑評会 第1位受賞(出品91社中)
2014年 新ブランド「八恵久比岐」の販売開始

ブランド紹介